刀 銘 金高
古刀 室町時代末期 (文禄頃・約420年前)美濃
刃長71.9cm 反り1.3cm 元幅30.9mm 先幅22.0mm 重ね7.0mm
特別保存刀剣
正真鑑定書
美濃地方で刀の生産が本格的となったのは南北朝時代の動乱期であり、諸国より美濃地方に刀工が来住して活動をはじめている。大和、山城、備前、相州などの産地に比して最後発でありながらも鎌倉末期より南北朝期にかけておよそ六十年、急激な興隆を見せ、志津兼氏に代表される頂点の作品を生み出した。室町幕府の戦国時代、応仁頃より直江、赤坂より関へ移動しての美濃鍛冶の全盛期を迎えるとともに戦国有力大名の求めに応じた上質の素材を用いかつ、技術、美術的に優れた作品が数多く製作されたことも特筆できる。兼定はこの時期に他地域の刀工には見られない受領銘「和泉守」を用い、その後の関鍛冶や新刀期諸鍛冶が同じく受領銘をきることが一般化する先駆けであった。繰り返される実戦で立証された性能の良さからの武家目利きは勇猛果敢な武将に相応しい刀であることを天下に知らしめた。表題の「金高」は濃州関住、永禄七年、元亀三年、文禄五年の年紀のある作刀が確認でき、(之定)和泉守兼定に倣い、他国に先駆けて「播磨守」を受領したことでも知られる。本作は弐尺参寸七分と寸がのびて、身幅広く、鎬筋凛として高く、棟の肉を僅かに削いで、かつ元重も厚い重量のある打刀で、勇壮たる体躯は頗る印象的。地鉄色冴え、杢目肌よく詰んだ精良かつ強く練れた鍛えを呈し、地沸の煌めきに呼応して地景が「ざんぐり」とした鮮明な肌合い。刃文は出入りのある湾れにを交え、沸付いて足はいり、履表は跳び焼や湯走りがあり覇気のある金高の優れた技量が伺え、同作中でも特に優れた出来映えを呈している。
金着二重はばき。白鞘入