I19722(S2054)

刀 銘 奥州仙台住藤原国包 慶応元年八月日 附)桜樹皮漆塗鞘打刀拵

江戸時代末期(慶応元年/1865) 陸奥
刃長69.3cm 反り2.0cm 元幅29.0mm 先幅22.7cm 元重7.5mm

特別保存刀剣鑑定書

附)桜樹皮漆塗鞘打刀拵

保存刀装具鑑定書(鐔)



剣形:鎬造り、庵棟、身幅尋常に両区深く、重ねの厚い重厚な体躯。やや深い反りがつき中鋒のびる。どっしりとした手持ちがあり、勇壮たる尚武の気風溢れる。(刀身重量775㌘/はばき含む)(刀身拡大写真
鍛肌:地底は小板目肌よく詰み、総柾目肌に冴えて地沸が厚くつき地景が密に入る強靭な鍛肌に微塵についた地沸輝き錵映りたつ。
刃紋:沸出来の広直刃は鼠小足が無数にはいり小互の目を交える。純白の小沸で構成される刃縁には沸筋が幾重にもかかり、二重刃となり、烈しくほつれる明るく冴える。
帽子:表裏ともに烈しくほつれて焼き詰める。
中心:生ぶ。刃上がり栗尻。茎孔壱個、化粧鑢に筋違の鑢目。棟方小肉ついて此所にも筋違の鑢目がある。履表の鎬地には『奥州仙台住藤原国包』の長銘があり、裏には『慶応元年八月日』の制作年紀がある。
 仙台国包は鎌倉時代の大和保昌五郎貞宗の末裔。同派は応永頃に奥州にくだり仙台に住したという。国包は伊達家に仕えて純然たる柾目鍛えの古刀保昌伝法を継承して古雅の趣を伝えた。受領は初・二代のみに限られ、以下十四代に及び祖風を墨守して保昌伝に一貫している。地鉄は細やかによく整った見事な柾鍛で、それが極めてよく詰んでいるものは一見して柾目鍛えと見分けがたいものがある。
 本作は十三代国包の作刀。『本郷榮助』と称す。文政二年(1819)生まれ。十二代源兵衛の嫡子で嘉永元年(1848)に家督を相続した。
この刀は国包四十七歳円熟の作。化粧鑢ははじめ『切』に、筋違鑢は鎬より平地まで通して施すのが特徴である。明治十三年六月十六日歿、行年六十一。

附)桜樹皮漆塗鞘打刀拵 ( 拡大写真・ 拡大写真・刀装具拡大写真)
  • 縁頭: 七宝文散図 鉄磨地 金象眼 無銘
  • 目貫: 桜花七宝文図 容彫 金色絵 無銘
  • 鐔: 表裏菊花透図 丸形 鉄地 肉彫 地透 丸耳 両櫃孔 無銘 長州(保存刀装具)
  • 柄: 白鮫着 黒色常組糸諸撮菱巻
山銅地鍍金はばき、白鞘入り。
参考文献:
『仙台藩刀匠銘譜』 日本美術刀剣保存協会 宮城県支部、昭和本十八年九月二十日