A73200(W8110) 刀(注) 銘 近江大掾藤原忠廣
附)丸に御所車紋象嵌散漆塗鞘太刀拵
保存刀剣
新刀 江戸前期(延宝頃/約330年前) 肥前
刃長60.4cm 反り1.4cm 元幅32.1mm 元重7.1mm 先幅22.6cm
剣形:鎬造り、庵棟。 身幅広く、反りがやや深くついて中切先に結ぶ均整のとれた優美な姿をしている。指表のはばき上には腰樋、裏には二筋腰樋の彫物がある。(刀身拡大写真
鍛肌:地鉄小板目肌に小杢目交えよくつみ、地錵よくついて、細かな地景が縦横無尽に網目状となる。鉄色は潤い柔らかく澄みわたり、傑出した鍛肌を見せて美しい。所詮小糠肌状となる。
刃紋:中直刃僅かに湾れ、刃縁に小錵が頗る厚く付いて帯状に積る。刃中は鼠足が頻繁に入り、刃中は匂い充満する。
帽子:表裏とも焼深く直ぐに中丸となる。
茎:鑢目切。目釘孔壱個、茎尻は入山形、棟肉平。指表の鎬地寄りに長銘『近江大掾藤原忠廣』とある。
 近江大掾忠廣は初代忠吉の妾腹の子として慶長十九年(1614)に生まれた。幼名を橋本平四郎、後に父の名、新左衛門を襲名している。寛永九年(1632)、父である初代忠吉が歿すると、弱冠十九歳の嫡男として家督を継いだ。寛永十年(1633)の年紀のある刀が現存し、寛永十八年七月(1641)に近江大掾を受領。以降六十年間の長期にわたり作刀している。元禄六年五月二十八日(1693)没、享年八十。
 初代の忠吉、二代の忠廣、各代ともに古刀期の山城国、来一門に私淑した直刃を主体とした作風が特徴であり、優美な姿、鉄色冴えた美しい小糠肌、小錵が帯状となる直刃や整った鋩子など、肥前刀の揺るぎない名声を築き上げている。鍋島藩のお抱え鍛冶であった忠廣の刀は、上々作として高い美術的価値を誇り、またその斬れ味の鋭さから大業物と評されて幕府諸侯への贈品として珍重されてきました。
 本作は江戸時代前期にまま見受けられる頃合いの体配をしており、頃合いの寸法で所謂、常用に指す腰刀(注)として求められ、注文製作されたものである。重ね厚く、鎬筋が凛と高い頗る健全な体躯を湛えており、どっしりとした重量がある打刀。保存状態の優れた忠廣の秀作である。
 附帯の『丸に御所車紋象嵌散漆塗鞘太刀拵』:(刀装具詳細画像打刀拵全体画像
白鮫着変糸常組諸摘巻柄・蛇図素銅地目貫
総金具真鍮・銀地唐草九曜紋
腰唐革巻丸に御所車紋散黒漆塗鞘
左右扇面透桜花九曜紋図鐔 竪丸形、鉄磨地、金銀布目象嵌、左右大透、鋤残土手耳、無銘 西垣
金着一重はばき。白鞘入
(注)保存証には脇指 一尺九分九厘半と表記されています。