H114886 短刀 金象嵌銘 貞吉
附)金銅梨子地塗鞘金桐花文銀地合口拵
古刀 南北朝時代(約650年前) 大和
刃長24.1cm 無反り 元幅28.0mm 重ね5.8mm
剣形:平造り、庵の棟高く、重ねがやや厚い。身幅広い造り込みで、表裏には棒樋を掻通す。
地鉄:直ぐ純然たる柾目肌となり、鍛え目は良く詰んでかつ美しい肌合いとなる。
刃紋:広直ぐ刃僅かに湾れ、小乱れ交え、解れる刃や二重刃かかり、金線が流れる。総体に小沸がよく付いてフクラ上部は小沸の働きがより闊達となり湯走りが地に零れ強く掃きかける。
帽子:火炎風に強く掃きかけて突き上げる。
茎:鑢目は大筋違いに化粧。茎尻は切。目釘孔二個。金象嵌銘「貞吉」とある。
大和国の刀鍛冶の作品は正倉院御物からその優秀さが首肯され当国の諸寺院勢力の復興とともに千住院、当麻、手掻、保昌、尻懸の五流派は寺院のお抱え鍛冶となり、他国の求めに応じて拡売されることもあまりなく故に、銘を刻むことも希であり他国の鍛冶に比して残存数が少ないのが現状である。大和の五流派のなかでも保昌一門は総柾目を基調とした鍛伝法を堅持し、特に帽子にはより豊かに沸がからみ、盛んに掃きかけとなっているところなどが特徴である。表題の短刀「貞吉」は保昌五郎国光の子、貞宗の弟にあたり、左衛門尉(金吾)と称している。名物桑名保昌である国宝「高市郡住金吾貞吉、元亨四年甲子十月十八日」などの代表作があり、この流派のお家芸である柾目鍛えの名人とされる。現在の奈良県高市郡で鍛刀されており、南北両朝の戦闘時代にはいり、吉野に後醍醐天皇の御在所が置かれた関係もあって南朝の武人の要請に応えた。本短刀は保昌一門の作域をよく顕わした希有な壱口である。付帯の合口拵は幕末の正阿弥金工による逸品。刀装具は武家の表道具であり、刀装の技術は鞘の塗装材料の漆や蒔絵、本作のような金銅粉を塗す梨子地仕上げなどの多彩な手法、また様々な金属を使用し極小の世界に精緻たる文様を顕わす彫法や象眼、色絵などの加色の技法は江戸時代後期の文化・文政頃から幕末・明治維新にかけての絶頂を迎え、著名な金工師を排出し大名や富豪の庇護を受けて優美でかつ精緻たる銘品を世に送り出し、世界の近代美術に大きな影響を与えた。本作は平成八(1996)にニューヨークで開催されたクリスティーズのオークションに出品された逸品であり、翌年に里帰りを果たした。察するに明治時代に欧米で開催された万国博覧会などに出品され大好評を得て、そのまま米国に留まったものであろう。ニューヨークの宝石商であるルイス・c・ティファニー(1848〜1933)は日本の刀装具の大コレクターであり、多くの貴金属や金工品の重要な参考資料であったことはティファニーデザイン作品からも伺い知ることができる。
附)金銅梨子地塗鞘金桐花文銀地合口拵 総金具銀地縁頭鐺栗形 波濤に金桐花文 目貫 鷹に鶴図 鞘 黒蝋色金銅梨子地塗鞘 銀着腰祐乗はばき、白鞘・合口箱付属