I22460(W8576) 脇指 銘 傘笠正峯作之 辛酉年八月日
重要無形文化財保持者(人間国宝)
現代刀 昭和五十六年(1981年) 石川県
刃長33.2cm 反り0.1cm 元幅31.0mm 元厚6.0mm
剣形:平造り、真の棟。寸延びて身幅広く、重ねがやや薄い造り込み。僅かな反りごころがあり、フクラがやや枯れた感がある。表裏には樋先の下がった棒樋に添樋の彫り物がある。(刀身拡大写真
鍛肌:地鉄は総じて潤い感のある杢目肌を基調として板目を交える。清涼な鍛えに微細な異鉄元素が緻密にからんで地沸きが付き、細やかな沸筋が沸きだして所詮「地景」を形成している。互の目丁子の焼頭から暗帯部を挟んで地映りを形成して古雅な味わいがある。
刃紋:総体小沸出来で、片落ち互の目に小丁子刃を交える。繊細なる焼刃は刃中に匂いを充満させ春霞みのごとく清んで、丁字の焼頭は精細で柔らかい。刃中に長く鋭く放射する丁子足は角度に変化をもたせている。桜花絢爛のごとく、所謂「隅谷丁字」を表出している。
帽子:表裏とも乱れ込んで先やや突き上げて尖り、返りやや深く返る。
中心:茎生ぶ、鑢目勝手下がりに化粧。茎尻は刃上がり栗尻張る。目釘茎孔一個。表の目釘孔下には独特の鏨運びで『傘笠正峯作之』、裏には『辛酉年八月日』の年紀がある。
 隅谷正峯は大正十年(1921)石川県松任町(現・白山市)で老舗の醤油業の長男として生まれた。家業を継ぐ期待を背負いながらも刀剣製作の夢を叶えるべく京都の現・立命館大学、機械工学科に入学し、宿命の出会いとなる「立命館日本刀鍛錬所」の設立に遭遇する。ここで師である刀匠・櫻井正幸に学び芸術的視野を広めた。「立命館鍛錬所」の焼失後は兄弟子とともに広島県尾道市の「興国日本刀鍛錬所」に赴き作刀研究に没頭した。しかしながら、敗戦を迎えて失意のうちに実家に戻り家業を支えている。
 転機は昭和二十八年、第五十九回の式年遷宮に備えての御神宝の刀剣を製作する名誉であった。これを機に隅谷氏は古名刀への研究に没頭することになる。石川県地場の山中にある砂鉄を集め、古式たたら精錬炉を創り、さらには和銑を炉にいれて炭素量を減らした鋼(銑おろし)を用いて、微量元素と炭素が不均一にが絡み合う、玉鋼だけでは為し得ない深みと味わいのある鍛錬法を興して精美かつ変化のある鍛肌を創出した。さらには袋丁字、蛙子、大丁字、小丁字などの焼刃を見事に創りだした作品は当に隅谷正峯の創作である。我が国独自の文化として名高い長船初期作や福岡一文字の復古だけでなく、独創的な「隅谷丁字」としての美を追究した功績により昭和五十六年(1981)に人間国宝に指定されている。「傘笠」とは京都・立命館にあった棟で、昭和三十一年(1956)に鍛錬所を自宅に新築した際にその名を継承して号とした
 表題の寸延び平造りの作刀は重要無形文化財保持者認定の年、隅谷正峯氏、六十一歳の円熟・完成期の作品である。相伝備前鍛冶、南北朝時代の兼光に私淑した作域を示している。備前伝に相州伝法を加味した鍛肌は潤いがあり、杢目に板目鍛を交えて地沸が湧き出して地景となり力強い。焼刃は沸主調となりながらも丁子の焼頭には微細な小沸が積もり柔らかい。同氏の古名刀への飽くなき追求は自家製鋼へと奮い立たせて石川県の山中で砂鉄を採めてたたらを吹いた。本作の地鉄は澄んだ玉鋼の精緻な美しさを超越して不純物の脱けきらない柔らかみのある鉄味を帯びている。古典への憧れと和の美を追究した正峯の傑作である。
金着二重はばき、直筆鞘書白鞘・同元箱付属


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