S25703(W5080) 脇差 無銘 下原 保存刀剣
古刀 室町時代末期(天正頃/約430年前) 武州
刃長44.3cm 反り1.5cm 元幅29.5mm 重ね6.0mm 先幅19.9mm
剣形:鎬造り、庵棟、反りが深めについて、元身幅広めで平肉つかず、先に行ってもなお身幅広く中峰延びる。表裏に棒樋の彫物がある。(刀身拡大写真
鍛肌:板目肌に杢目肌交え、渦巻状となるところや綾杉状態、刃側は柾目状態となるなど鉄(くろがね)の鍛錬に潤いがある。
刃紋:互の目乱れ。刃縁に小沸つき、砂流し、金線かかる。
帽子:乱れ込んで先掃きかける。
茎:生ぶ、目釘孔一個。鑢目は勝手下がり、栗尻。
武州下原鍛冶(山本氏)は室町末期から安土桃山時代は、大石氏、北条氏、の庇護を受け、永正年間、又は享禄年間に相州小田原鍛冶の綱廣の門人であった山本但馬周重(やまもとたじまちかしげ)が、大石氏に招かれて武州下恩方辺名(ぶしゅうしもおんがたへんな)のあたりに居住して刀を鍛えたと伝えられている。豊臣秀吉による小田原城陥落、後北条氏滅亡(天正18年)以降は徳川家から旧領を安堵され、幕府の御用鍛冶として幕末まで鍛刀が続けられた。下原鍛冶とは山本姓を名乗る刀工達の集団の総称である。周重、康重、照重、廣重、正重、宗國、安國、利長などの刀工を生み、最盛期には下原十家といわれるほどその分家も増えて繁栄した。室町時代から江戸時代末まで続いた武蔵国では唯一の刀工群である。
本脇指は小田原相州鍛冶の影響を強く受け、勇壮な姿に板目肌が綾杉状にうねり刃沸がよく絡んで金線、砂流しがかかるなど出来のよい乱れ刃を呈する。
菊花紋散銀着二重はばき、白鞘入。