| T81251(S5892) 刀 銘 兼元 | 保存刀剣 |
| 古刀 室町時代末期(永禄頃/約450年前) 美濃 刃長72.4cm 反り1.5cm 元幅29.4mm 先幅23.5mm 重ね6.0mm |
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| 剣形:鎬造り、庵棟。二尺三寸九分の長寸で反りが適度につき、元の身幅が頃合いで重ねが尋常、先の身幅も広く大切先が延びる勇壮たる姿をしている。(刀身拡大写真) 地鉄:板目肌が総体によく詰んで、処々に流れる肌や柾目肌交じり、地に白けた地映りがかかる。 刃紋:総体に小沸出来の互の目が三本杉調に連なる刃文を基調とし、腰高の尖互の目頭より小沸が地に煙り込んで湯走り状となり、地斑調の映りを呈する。乱れの谷には砂流しがかかるなど小沸の豊かな働きがある。 帽子:互の目のまま乱れ込む。 茎:生ぶ。鑢目は鷹の羽。茎尻は入山形。目釘孔壱個。 兼元は兼定とならび美濃鍛冶を代表する鍛冶であり、同名が相継ぎ各代ともに孫六を通称とした。今日では二代を指して「孫六兼元」と称する。初代の兼元は文明から永正ごろとされ、三本杉風の刃文は希有であり、所詮三本杉状の互の目を創始したのは二代の兼元であろう。製作期間は大永から享禄ごろと考えられている。赤坂鍛冶の特徴である茎尻を入山形にし、初二代ともに赤坂の地で作刀し二代は晩年より関に移住したと伝えられる。孫六兼元の銘は闊達かつ堂々としたものといわれる。すなわち初代に比して総体に大振りで「兼」の肩がやや角張り「元」は第一画を右から左へほぼ横向きに切り、第三画の跳ね部分に打ち鏨を打ち、四画目は少し下方から切り始める。予察ではあるが本作はその銘振り、特に「兼」の字の第一画と二、三画の位置並びや「元」の字の第一画の鑽運びから天文から永禄にかけての三代兼元と鑑せられる。兼元の確かな技量と作域が感じ取ることができる戦国武将御用達の打刀で威風がある。秀吉の形見分けには兼元が四腰あり、福島正則や山之内一豊が兼元を愛用した。江戸時代、寛政九年(1797)に刊行された「懐宝剣尺」や「古今鍛冶備考」では和泉守兼定とならび最上大業物として評価され、「関の孫六」の評価はさらに上がった。 寸延びて勇壮な体躯を有した姿が印象的で三本杉の刃文をほぼ完成させた打刀で出来が良い。 金渡金一重はばき、白鞘入 佩表の中頃より物打付近の刃中に柾目状の朽跡がある |
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