刀 銘 越中守藤原貞幸 附)茶石目地塗鞘牡丹猪図打刀拵
H98405(S1295)
新刀 江戸時代前期 (正保頃・約360年前) 尾張
刃長74.2cm 反り1.4cm 元幅32.0mm 先幅21.5mm 元重 8.0mm
附)茶石目地塗鞘牡丹猪図打刀拵
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剣形:鎬造、庵棟、庵の卸が急。寸が伸びて元の身幅広く、重ねが厚く強固かつ重厚造り込みで反りがやや浅く付き中峰に結ぶ。(刀身拡大写真)
鍛肌:総体に小杢目肌がよく詰んだ清涼な鍛えに裏の中頃に鍛えの緩い肌が交じる。鎬地は柾目肌となる。
刃紋:広直刃を基調に小乱れ交え僅かに湾れて小の互の目足が好く入り、ほつれや二重刃ごころがあり、刃中に匂い深く満ちて明るく冴える。僅かに棟焼がある。
中心:茎は二寸ほどの摺上げ。鑢目大筋違い、茎孔三個、佩表鎬上に太く力強い鏨で長銘「越中守藤原貞幸」とある。
帽子:横手下でやや焼刃を広め、直ぐ調小乱れに中丸にとなり、返りが深く返る。
越中守貞幸は河内守貞幸の子で俗名を惣左衛門、初期銘を貞吉と名乗った。名古屋桑名町に住する。作風は同国の伯耆守信高に似て杢目肌美しく詰んで、特に本作の如く直刃基調の地金は鍛えが入念な杢目肌を見せて柾目基調が殆ど交じらないものがある。尾張名物「鬼之包丁」と異名のある脇差「表切刃造り」の作者である秦光代は尾張の剣術指南役柳生連也斉厳包の仲介で江戸石堂対馬守橘常光と師弟の関係を結び、後に尾張に戻り、越中守貞幸の養子となったことでも知られる。質実剛健を尊んだ尾張藩士の好みに応じ、幾多の名作を残した尾張新刀の雄たる越中守藤原貞幸の雄壮たる打刀である。
附帯の茶石目地塗鞘打刀拵は黒漆塗鮫皮着茶革捻捲柄には縁頭を朧銀地に牡丹を薄肉彫、金平象嵌とし、目貫は容彫銀色絵で猪図、鍔は鉄地面に太刀図を小透かしで表してる。
弐尺四寸五分の長寸を称え、身幅もあり、肉置豊かな重厚たる打刀で尚武の藩士の指料であろう。
銀無垢はばき(丸に三つ柏紋)、白鞘は附帯しておりません。
重量: 5000.00 gms