K6997_K6998 大小一腰
大 銘 
筑州箱崎宮於神前信国作 享保二年八月吉日
小 銘 筑前住権三兵衛守次造之 宝永五戊子二月日
附)黒墨粉塗沙綾形文(さやがたもん)鞘渡金波図金具大小拵
特別保存刀剣
(大小共)
3,500,000円
新刀 (江戸時代中期)
大:刃長62.6cm 反り2.1cm 元幅28.0mm 先幅17.8mm 元重6.7mm
小:刃長45.6cm 反り1.5cm 元幅26.0mm 先幅18.5mm 元重6.7mm
大 銘 筑州箱崎宮於神前信国作 享保二年八月吉日
筑前信国一門は慶長七年に黒田長政が豊前より筑前に移封された折、信国十二代と伝える吉貞を筑前に引き連れたのを初代として知られる。本作は信国重包の作で、信国十五代に相当し、吉包の子。重包は将軍吉宗の命により享保六年に江戸芝浜御殿で造刀し、薩摩の正清、安代等と共に最優秀の栄誉を賜り、はばき元に一葉葵を彫ることを許され帰郷後「正包」と銘を改めた。筑前信国一門の作刀の中でも重包は珍しく、また稀に慧眼する作刀は「筑前住源信国重包」などと銘のあるものが多く、本作のような「箱崎宮於神前」を添える作は非常に珍しい。享保十三年十二月十日没、行年五十六歳。
本作は享保二年の裏銘があることから、重包四十代半ばの作で、正包と改名する以前の作であることが判る。一般的な反り浅い造り込みとは異なり、反り高く、茎にも反りを持たせた腰反りに先反りが加わった造り込みで、平肉ついて、地金は小板目よく詰んで肥前刀のごとく、地沸厚くついた冴えた地金で、互の目に小丁子、尖り刃交えた変化ある乱れ刃は匂い口深く、小沸厚くつぃて、刃中は沸の働き、砂流し、金線かかり、互の目足太く入るなど見所の豊富な相州伝の造り込み。帽子、表は乱れこんで掃きかけ、裏は小丸。共に返りはやや深い。茎は生ぶ。孔一個。鑢目勝手下がり、茎尻入山形。金着二重はばき、白鞘付属。
小 銘 筑前住権三兵衛守次造之 宝永五戊子二月日
黒田藩工、名を権三兵衛、利平の子で後、従兄である是次に学び、筑前石堂を継いだ名工。備前則宗十七代孫と称す。福岡石堂一派では守次が最も上手とされている。
本作は地鉄、小板目好くつんで、冴え、横目映り鮮明に立ち、美しい肌を呈し、匂い勝ちで小沸よく付いた、烏賊丁子、大逆丁子乱れ、大房丁子、蛙子丁子など賑々しく、跳び焼きかかり、一部は鎬筋までかかるなど百花繚乱咲き誇る桜花の如く明るく冴える。帽子乱れこんで返り深い。茎は生ぶ。孔一個、鑢目筋違い、茎尻張る。 金着はばき、白鞘付属。